世代を超えて愛されるデザイン。真摯なものづくり「セラミック・ジャパン」

世代を超えて愛されるデザイン。真摯なものづくり「セラミック・ジャパン」

「株式会社セラミック・ジャパン」は、優れたデザインを瀬戸の技術で実現しようと、設立された陶磁器メーカーです。デザイナーとのコラボで生まれた、シンプルだけれども、存在感のあるデザインのアイテムは、30年、40年経っても、なお新しさを感じさせてくれます。代表の大橋正之社長にお話をお伺いしました。

「セラミック・ジャパン 」のはじまり

愛知県瀬戸市の山あいに位置する、品野地区。陶磁器の窯元が多く集まるエリアに、「セラミック・ジャパン 」はあります。

創業は1973年のこと。
高度経済成長の真っ只中で、日本は東京オリンピックに湧き、まちが大きく変わっていくなかでした。その頃、家業が和食器の問屋であった、創業者の杉浦豊和さんは、産地のあり方を考えていました。その一方で、企業デザイナーを退職し、自宅に工房を構え、商品化を考えていたのが、陶磁器デザイナーの栄木正敏さんでした。

そんなふたりが出会い、“せともの”の産地・瀬戸から世界に向け、時代を超えて愛されるものづくりをめざし、「セラミック・ジャパン」は誕生しました。

創業当初から北欧食器のデザインに感化され、日本的なオリジナリティを追求しています。
いちばんの大先生は、世界的に著名なフィンランドの「アラビア製陶」のデザイン部門で働かれていた加藤達美先生。その当時、デザインしたものを復刻し「月光(ムーンライト)」として発売。40年以上も販売されているロングセラーとなっています。

代表作の「Crinkle(クリンクル)」

1975年には、「セラミック・ジャパン」のアイコン的なアイテムが誕生します。北欧を代表する陶磁器メーカーの「グスタフスベリ製陶所」でデザイン業に従事していた、デザイナーの小松誠さんが手がけた「Crinkle(クリンクル)」が発売されました。まるで紙袋のような見た目の花瓶です。

1982年には、二ューヨーク近代美術館「MoMA」に永久収蔵品として選定され、今も世界中で愛されています。

海外の観光客にとても人気の「大入相撲」。1982年からのロングセラー。

こちらは、お相撲さんの人形の「大入相撲」。スイス・ボダム社にてプロダクトデザイナーとして13年勤務され、現在、スイス在住のデザイナーの山本まさとさんが、デザインを手がけています。

このように、一流のデザイナーのみなさんをお迎えしながら、瀬戸の窯元が形にしていくというスタイルで商品化が進められていきました。

50年以上も前から問屋を介さず、自分たちの商品を独自の販売網をつくっていくという挑戦を続けてきた「セラミック・ジャパン」。

「同じ商品をできるだけ長くつくり続けています。親からもらったカップソーサーをね、もしもソーサーを割ってしまっても、補充できる。そういう商品をつくりたいな、という想いで、ずっと続けています」と大橋正之社長。

実際に、「Masukichi」の店舗に来てくださったお客様の中にも「これ、お母さんが持っていた!」と娘さんが見に来てくださったこともあり、長く愛される商品ということをひしひしと感じています。

手間のかかるものづくりは、自分たちの手で

「Masukichi」代表南慎太郎と、「セラミック・ジャパン」代表の大橋社長。

現在、代表である大橋正之社長は、創業者の豊和さんの弟で、30歳のときに創業者のふたりに声をかけられ、入社することになったといいます。

元々、建築関係のお仕事をされていたので、みんなで作り上げていったり、技術的なことが好き。そんな大橋社長は、当時、基本的に窯元へ依頼していたものづくりを、自分たちの手で作るという方向を示していきます。

「自分たちで作ってない、ということが非常に心苦しかった。私は自分たちで作るのが当然だろう、という思いがあって。それで少しずつ作っていくことにしたんです」

入社23年目の中沢郁子さん。石膏を削って、原型をつくる様子。

こちらは原型室。セラミック・ジャパンでは、創業当初から石膏の原型だけは自分たちの手でつくっていたそうです。原型は商品の仕上がりを左右する要となるからです。やきものは焼くと収縮するので、収縮することを計算して、つくっていきます。難しい形に挑戦することが多いので、一発で仕上がることはなく、何度も調整して仕上げていくそうです。

原型の次に手がけたのは鋳込み。素地をつくり、窯元に焼いてもらっていたといいます。少しずつ内製化をはかり、2021年には敷地内に工房をつくり、現在は6割ほどの商品をここで製造しているそうです。

最初は、左の小さめのガス窯1台でしたが、2026年3月に新しいガス窯を導入。その大きさから製造への本気度を感じさせます。

「セラミック・ジャパン」の製品は、どれも手間がかかる商品が多い。
新商品の開発も、どうしたら形にできるか? に挑戦するので、試行錯誤の期間も長く、惜しいところまでいきながら、発売できなかった商品もあるそうです。

それでも、手間のかかる丁寧なものを生産する。これが、「セラミック・ジャパン」のすごさであり、独自性に感じます。加えて、検品は必ず社内で行っているそうで、品質のムラがほとんどありません。売り手側としては、この信頼度も非常に高いです。

現在、社内製造をさらに進めていて、毎年ひとりずつ採用し、現在は東京スタッフ1名を含め、14名のスタッフが働いているといいます。美大出身のスタッフが多く、製造は製造と切り分けず、検品、出荷なども含めて、できるだけひとりがいろんなことをできるように、体制を整えています。

創業当初から50年以上に渡って向き合ってきた、産地のあり方。
時代の先を見据えた動きに、これからにも注目しています!

Written by 南未来

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